なぜ丁寧英語なのか
外国語は通じればよい、文法的に正しければよい、というものではありません。通じてもそれが失礼な言い方であったり、品の悪い言い方では、信頼し合える人間関係へとは発展しないでしょう。
失礼かどうかは、もちろん、単に言葉の問題だけではありません。習慣の違いによる問題もあります。たとえば、日本人が歓迎パーティーなどでよくやる、初対面の相手に対して年齢や恋人の有無、未婚か既婚か、あるいは子供の数などを問う身上調査的質問です。そのような立ち入ったことを聞くのは、外国人の常識では考えられないことであり、失礼千万なのです。
しかし日本人にしてみれば、そのような失礼をしているとは露ほども思っていません。これは相手をこれから仲間として迎え入れるにあたり、身内のように思っていますよという親愛の証しとしてこの種の問いかけをするのです。そのように説明してあげればどこの国の人でも理解してくれるはずです。
外国人が不快がるのは、実はそうした説明不足のせいだけではないのです。言葉の問題も大きいのです。つまり、英語が礼儀にかなっていないという問題があるのです。日本人がパーティーなどで問いかけている英語は大抵、
"How old are you?"
"Do you have a wife?"
"Why aren't you married?"
"How many children do you have?"
"Why did you come to Japan?"
"How long are you going to stay in Japan?"
といった類の表現なのです。
これは日本人が全国民的に中学一、二年生のころに覚えた英語で、おそらく予め考えて置かなくても必要な時に即座に出てくる、殆ど日本語と同じように体に染みついている表現でしょう。この英語は文法的には何も間違っていません。その点では、まったく正しい英語なのです。
しかし、どんな社会的文脈で使うのが正しいのかは学校では教わっていませんので、日本人はこの英語はどのような場合でも受け入れられると思い込み、「お齢(とし)はおいくつでいらっしゃいますか?」「奥さんがおありなのですか?」「どうして結婚なさらないのですか?」「お子さんは何人いらっしゃるのですか?」のつもりで言っているのです。
ところが上記の英語には、日本語がもつような敬語性や丁寧性はまったくないのです。
"How old are you?" は「きみはいくつになるのか?」
"Do you have a wife?" は「きみな妻をもっているか?」
"Why aren't you married?" は「何故きみは結婚してないのか?」
ほどの英語なのです。日本語がもっている「お齢」「おあり」の「お」、「奥さん」「お子さん」の「さん」、「いらっしゃる」「なさる」などの表現がもつ敬語性・丁寧性はいささかも伝えない英語なのです。
では英語には、そうした日本語の敬語に相当する単語があるのかと、問われますと残念ながらないのです。しかし、英語には語としての敬語こそありませんが、相手に敬意を表わす表現は、句(phrase)や文(sentence)全体では、日本語の敬語以上に丁寧な表現を豊かにもっているのです。たとえば年齢を聞くのでしたら、
"May I ask your age?"
"Would you mind if I asked your age?"
"I was wondering if I could ask your age."
"I hope you don't think I'm being too personal, but I'd like to know the date of your birth."
"I'd be very much interested to know your age."
"If I may be so bold as to ask you a personal question, I'd like to know your age."
など、いろいろな丁寧表現の決まり文句があります。
英語圏社会で人にものを丁寧に問うときは、日本語とは違って、相手の自由意志を尊重した表現形式をとります。つまりこちらの質問に答えるか答えないかの選択の余地を残した形、こちらの質問を無視したければ負担なく無視できるように配慮した形、あるいは失礼や差し出がましさを予めお詫びするなどの形をとるのです。21世紀の国際化社会は、いよいよ英語の丁寧性がこれまで以上に必要とされる時代となります。
『日本の敬語を英語でどう言うか』では、日本の英語教育界が従来おろそかにしてきた言葉の丁寧性をテーマに、「日本の敬語表現」と「英語の丁寧表現」の橋渡しのルートのいくつかを読者の皆さんに分りやすく解説いたします。